洞爺丸台風

 1954年(昭和29年)9月26日2時、後に「洞爺丸台風」呼ばれる台風15号が鹿児島県大隅半島に上陸した。台風は九州を縦断後に日本海へ進み、時速100kmの猛スピードで発達しながら北上した。

 この台風に伴う暴風や波浪で青函連絡船は5隻が遭難、うち「洞爺丸」(乗員乗客1,314人)は函館港内で転覆・沈没し1,139人が死亡した。これを契機に青函トンネル建設の機運が高まり、事故から33年半後の1988年(昭和63年)3月に青函トンネルが完成、列車の営業運転が始まった。

 さらに、北海道岩内町では、強風により大火が発生し、市街地の8割が焼失した他、港まで延焼し多数の船舶にも被害が及んだ。有効な消火活動を行えず、翌日風が収まりようやく鎮火した。大火後、準備されていた都市計画に基づき復興、準防火区域が広く設定されるなどの対策が取られた。

 この台風で、全国で死者・行方不明者1,761人、被災家屋は130,000棟以上に及ぶ甚大な被害が発生した。

専門家からのアドバイス

この災害で学ぶべき教訓は何か、専門家が解説します。

「温帯低気圧になったから危険は去った」は大間違い

 台風被害といえば、九州や沖縄のイメージが強いですが、北日本でも風速50m/sを超える強い台風に見舞われた過去があり、洞爺丸台風もその一つ。50m/sを超える風速は、東京や名古屋では観測されたことがありません。

 この台風は、北海道へ近づくにつれて温帯低気圧に変化し、かえって発達しました。台風というのは、熱帯で発生して北上。その後のパターンとしては大きく3つが考えられます。1つはそのまま衰弱する。2つ目が温帯低気圧に変化し、衰弱。そして3つ目が、温帯低気圧に変わって、強くなる(再発達する)。この3つ目の変化が日本付近で起こったのが、洞爺丸台風です。

 なお、台風が再発達する際の特徴の一つが、その過程でスピードが上がり、発達し切ると遅くなること。洞爺丸台風は、最高時速が100km以上でした。つまり、そうした特徴を持つ台風の場合、場所によっては逃げ遅れるうえに長時間暴風に見舞われることになります。

 また、台風には個性があることも知っておかねばなりません。洞爺丸台風は中心付近で風が強く吹きました。対して、「りんご台風」と呼ばれる1991年19号のときは、中心から200〜300km離れた場所が強風に見舞われました。北海道の真上を通過した19号ですが、大きな強風被害を受けたのは青森だったのです。

 洞爺丸台風などの再発達する台風から学ぶべきは、「温帯低気圧=弱まった」と、安心しないこと。弱まることもありますが、より一層の注意が必要な可能性もあります。また、台風の中心がどこを通るかだけでなく、「どこを通ってどこで強風が吹くか」を意識する必要があります。

藤部 文昭(首都大学東京 都市環境学部 地理環境学科 特任教授 博士(理学))
藤部 文昭
首都大学東京 都市環境学部 地理環境学科 特任教授 博士(理学)
研究分野は気象学・気候学で、過去には気象庁気象研究所に在籍。現在は首都大学東京で教鞭を執りながら、研究を続けている。研究テーマは地球温暖化や都市化による気温・降水の変化、熱中症や低温死と気象との関係など。

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