永仁鎌倉地震

 鎌倉時代の正応6年4月12日(1293年5月27日)、相模湾が震源とみられ、マグニチュード7程度と推定される永仁鎌倉地震が発生した。当時幕府があった鎌倉では、建長寺がほとんど炎上するなど寺院や民家に倒壊や火災などの被害があったとされる。死者は諸説あるが、数千~20,000人以上とも言われている。

 地震そのものは「正応」の元号の時に発生しているが、この地震災害を受けて元号が「永仁」に改元された。

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