昭和44年梅雨前線による大雨

大雨のため真木川右岸の斜面が崩落した(赤穂市鷏和付近):【6月25日~26日】日本海南部を発達した低気圧が北東に進み、これに伴って梅雨前線が南海上から北上して活動が活発化した。六甲山周辺から淡路島にかけての地域に100~200mmの大雨が降った。【6月29日~30日】低気圧が朝鮮半島から日本海南部に進んできたことに伴って、梅雨前線が北上して活動が活発化したため、県内全域で雨が強まった。特に、県南部の阪神地区と播州地方で100mmを超える大雨が降った。【7月1日】梅雨前線の活動が活発となり、県中部一帯で10mm内外の降水量があり、前線の通過時には雷を伴った強い雨が降った。【7月8日】梅雨前線上を低気圧が次々に東進し、また、南からの暖湿気の流入によって前線の活動が活発化し、県南西部では100mmを超す大雨となった。 提供:兵庫県CGハザードマップ

 1969(昭和44年)6月24日から7月11日にかけて、西日本から東日本にかけて停滞した梅雨前線の活動が断続的に活発化し、各地で大雨による被害が発生した。

 特に九州南部では記録的な大雨となり、期間中の降水量は鹿児島市で約600mm、宮崎県えびの高原では1,910mmに達した。鹿児島・宮崎両県ではこの地域特有の火山噴出物の堆積したシラス台地で崖崩れが頻発し、鹿児島県内の崖崩れは652か所に及んだ。

 この一連の大雨で、全国で死者・行方不明者は89人、損壊・浸水家屋は65,000棟以上に達する大きな被害が発生した。

この災害の記録写真

参考資料

  • 産業技術総合研究所「シラス地域の豪雨災害~44年梅雨前線豪雨に関連して~」

災害カレンダー

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明治5年12月2日(1872年12月31日)以前の災害は旧暦で記載しています。

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