明暦の大火

 明暦3年1月18日~20日(1657年3月2日~4日)、江戸で日本最大の火災とされる明暦の大火が発生し、江戸市街地の6割が焼失した。最初の火災は1月18日午後2時頃、本郷丸山(現在の文京区西片2丁目)の本妙寺で発生し、北西~西寄りの強風にあおられ次々と飛び火、下町一帯へ燃え広がった。特に霊巌寺では、避難していた住民が火災に巻き込まれ9,000人以上が死亡した。当時の霊巌寺は、隅田川河口付近を埋め立てた霊巌島(現在の中央区新川)にあったが、この火災を契機に現在の江東区へ移転している。

 この他にも1月19日には現在の文京区小石川、20日には千代田区麹町からそれぞれ出火し、19日の火災では江戸城の天守閣が焼失した。これ以降、江戸城の天守閣は再建されていない。

 この一連の火災による死者については諸説あるが、30,000人から100,000人程度とされており、当時の江戸の人口の1割前後が犠牲になったものと考えられている。死者の中には川へ飛び込んだり屋外で避難していて凍死した人も多かったという。この火災により都市改造が行われ、隅田川には複数の橋が架けられ市街地が東側へ拡大した。

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