嘉永小田原地震(嘉永6年)
嘉永6年2月2日(1853年3月11日)、神奈川県西部を震源とする推定マグニチュード6.7の嘉永小田原地震が発生した。被害状況からみると、震源に近い小田原城下(神奈川県小田原市)では震度6程度の揺れがあったとされる。この地震で、小田原城下を中心に、死者24人、倒壊家屋1,000棟以上の被害が発生した。
神奈川県西部を震源とする地震はこれまでも度々発生しており、小田原城下に大きな被害をもたらしてきた。過去の記録から、こうしたマグニチュード7級の地震が平均70年周期で発生していることが明らかになっており、1923年(大正12年)の関東大震災から90年以上が経過する中、次の地震の発生が懸念されている。
参考資料
- 産経新聞「M7級の小田原地震 16世紀にも発生、70年周期か(2015年11月23日付)」
- 植竹富一ほか「天明相模の地震及び嘉永小田原地震の被害分布と震源位置(歴史地震 第25号)」