新潟地震

17日13時頃ヘリコプターより 右側煙の中の白い点は火災のほのう(撮影日時:1964年6月17日13:00) 提供:防災科学技術研究所

 1964年(昭和39年)6月16日13時2分頃、マグニチュード7.5の新潟地震が発生し、新潟県から東北南部にかけて震度5を観測した。この地震で、死者26人、負傷者447人、家屋損壊70,000棟以上の被害が発生した。

 特に新潟市内で大きな被害となり、液状化現象による鉄筋コンクリート造のアパートの倒壊、石油タンクの火災、信濃川にかかる昭和大橋の落橋といった高度経済成長期を迎えた都市の構造物に大きな被害が出たことが注目された。

専門家からのアドバイス

この災害で学ぶべき教訓は何か、専門家が解説します。

はじめての都市災害と地震保険制度の確立

 新潟地震は1964年6月16日に起きたM7.5の地震で、新潟県を中心とした日本海沿岸で建物倒壊、津波、火災などの被害が発生し、26人の方が亡くなっています。液状化被害や地下水の噴出、石油タンクによるコンビナート火災、橋梁被害などの災害様相から、1978年に発生した宮城県沖地震と並んで「はじめての都市災害」とも呼ばれます。

 新潟地震が現在の防災対策に与えた影響は少なくありません。例えば、この地震をきっかけとして確立された制度が地震保険です。そもそも地震保険制度は空間的・時間的なリスク分散をはかる仕組みで、新潟地震以前にもその必要性が議論されていました。しかしながら、加入世帯が自助努力を行いにくい、災害リスクの高い世帯ばかり加入する(逆選択ないし逆選抜)などの懸念もあり、このときまで制度が成立していませんでした。このような状況のなか、この地震を契機として「地震保険に関する法律」が制定されました。またこの地震が直接的あるいは間接的なきっかけとなり、液状化や災害情報に関する研究が精力的に進められるようになりました。

 地震保険は被害の全額を補償してくれるものではありません。しかしながら、わが国ではどのような地域でも地震が発生する可能性がある以上、地震保険に加入することは生活を再建するための重要な事前対策のひとつと考えられます。

 新潟地震は建物倒壊、津波、火災などの直接被害のみならず、交通やライフラインが長期に渡って麻痺するなど都市機能へ与えた影響も大きく、災害に対する近代都市の脆弱性が、改めて浮き彫りになった災害でもありました。

廣井 悠(東京大学大学院工学研究科 准教授・都市工学者)
廣井 悠
東京大学大学院工学研究科 准教授・都市工学者
専門は都市防災、都市計画、防災学。東京都「今後の帰宅困難者対策に関する検討会議」座長など、都市防災の理論・実線共に積極的に関わる。主な受賞に、平成24年度文部科学大臣表彰若手科学者賞など。平成28年度東京大学卓越研究員、JSTさきがけ研究員も兼任。

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