長崎豪雨

山鹿市下町地区における浸水状況:昭和57年7月には死者3名、負傷者1名、家屋の全壊2戸、半壊11戸、水家屋2,408戸と諫早大水害につぐ被害を記録した大洪水が発生しました。 提供:国土交通省 九州地方整備局

 1982年(昭和57年)7月23日、活発な梅雨前線の影響で、長崎市周辺で1時間雨量150mm超の記録的な集中豪雨が発生した。市内各所で土砂崩れ、河川氾濫が多発し、死者・行方不明者299人、損壊・浸水家屋38,000棟以上という大きな被害が生じた。

 市には救助要請の電話が殺到、水没するなどして被災した乗用車が20,000台以上にのぼるなど都市型災害の特徴も顕著に現れた。

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専門家からのアドバイス

この災害で学ぶべき教訓は何か、専門家が解説します。

近代都市はじめての豪雨災害とオオカミ少年効果

 長崎大水害は1982年7月23日から翌24日にかけて発生した集中豪雨による災害で、長崎県や熊本県を中心とした甚大な被害につながってしまい、特に長崎県では299人もの死者が発生しています。この災害は近代都市初めての豪雨災害ともいうべきもので、戦後に人口が急増した地域における甚大な土砂被害に加え、水害による自動車走行や地下室の危険性が顕在化しています。

 とりわけこの災害における重要な教訓に、「オオカミ少年効果」をあげることができます。長崎大水害が発生した1982年7月は、11日,13日,16日,20日と立て続けに4回の大雨洪水警報が出されていましたが、いずれもそこまで大きな被害にはつながりませんでした。つまり「警報が出たけれど被害が出なかった」という現象が4回繰り返され、警報への信頼性が低下する結果となってしまいました。そして3日後の7月23日、5度目の大雨洪水警報が出されはしましたが、住民は十分に深刻さを理解することができず、ライフラインの途絶もあいまって避難などが遅れ、不意をつかれた人々に大勢の犠牲者が出ています。このような予告された災害情報の「空振り」が、災害情報の信用低下を経て、対応行動の遅れなどにつながることを、イソップ童話になぞらえてオオカミ少年効果と一般に呼ばれています。避難行動は耐震化、家具固定、初期消火と並んで最も重要な防災対策のひとつです。だからこそ、オオカミ少年効果のような心理的過誤に陥る可能性をよく知った上で、率先避難を心がけていただきたいと思います。

 長崎大水害は発生から30年以上が経過したいまもなお、災害情報を適切に伝え・受容することの難しさや、近代都市の水害対策に示唆を与えてくれる災害といえるでしょう。

廣井 悠(東京大学大学院工学研究科 准教授・都市工学者)
廣井 悠
東京大学大学院工学研究科 准教授・都市工学者
専門は都市防災、都市計画、防災学。東京都「今後の帰宅困難者対策に関する検討会議」座長など、都市防災の理論・実線共に積極的に関わる。主な受賞に、平成24年度文部科学大臣表彰若手科学者賞など。平成28年度東京大学卓越研究員、JSTさきがけ研究員も兼任。

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